人生を変えた名盤シリーズvol.14 『ブラー(Blur)』
「虚飾を脱ぎ去って」
第14回目は、90年代英国を代表するロックバンド「ブラー」より、彼らのバンド名を冠した第5作目『ブラー(Blur)』です。
ブラーと言えば、90年代ブリット・ポップの立役者であり、当時オアシスとブリットポップ戦争を繰り広げ、一時代を築き上げたバンドの一つです。
第3作目の『パーク・ライフ(Parklife)』がヒットし、彼らのシニカルでポップな路線を決定づけました。
その後第4作目の『ザ・グレイト・エスケープ(The Great Escape)』でさらにポップ路線を押し進めますが、同アルバムのアメリカツアーの不評、また、メディアに煽られること等にメンバーは疲弊し、一時的に活動を休止します。
その後ボーカルであるデーモン・アルバーンの「ブリット・ポップは死んだ」との宣言とともに、今までの音楽とは一線を画す5作目『ブラー』が発表されます。
メンバーは結成から現在まで変わらず、デーモン・アルバーン(vocal)、グレアム・コクソン(guitar)、アレックス・ジェームス(bass)、デイヴ・ロウントゥリー(drums)の4人体制です。
アルバムの曲目は以下の通りです。
1.『ビートルバム(Beetlebum)』
2.『ソング2(Song 2)』
3.『カントリー・サド・ブラッドマン(Country Sad Ballad Man)』
4.『M.O.R(M.O.R)』
5.『オン・ユア・オウン(On Your Own)』
6.『テーマ・フロム・レトロ(Theme from Retro)』
7.『ユー・アー・ソー・グレイト(You’re So Great)』
8.『デス・オブ・ア・パーティ(Death of a Party)』
9.『チャイニーズ・ボム(Chinese Bombs)』
10.『アイム・ジャスト・ア・キラー・フォー・ユア・ラヴ(I’m Just a Killer for Your Love)』
11.『ルック・インサイド・アメリカ(Look Inside America)』
12.『ストレンジ・ニュース・フロム・アナザー・スター(Strange News from Another Star)』
13.『ムーヴィン・オン(Movin’ On)』
14.『エセックス・ドッグス(Essex Dogs)』
15.『ダンスホール(Dancehall)』※日本盤のボーナストラック
冒頭から重い曲調の『ビートルバム』で幕を明けます。
まるでダウナー系のドラッグでキメているような気怠い音調で、サビの部分では鬱屈とした気持ちを爆発させるかのように激しくなります。(※誓って著者は薬物を乱用したことはありません。)
まさに先述した「ブリット・ポップは死んだ」との言葉を体現しているかのような曲で、リリース当時は「コカインの曲」とも形容されていたそうです。
また、危険な香りが漂うPVも必見です。
そして、2曲目の『ソング2』です。
わずか2分あまりの曲にもかかわらず、この曲はアメリカでも大ヒットし、彼らの代名詞となって数多くのアーティストにカバーされました。
出だしのデイヴのドラミングと、グレアムのカッティングが最高にかっこいいです。(ちなみにグレアムは著者のお気に入りのギタリストの一人で、この曲も練習しました。)
強風にあおられる斬新なPVも当時話題になり、MTV等で大量に流されたそうです。
アルバムはその後、メンバーが銀行強盗に扮したPVが印象的な4曲目の『M.O.R』や、アメリカ音楽への傾倒が顕著に見られるラップ風の5曲目『オン・ユア・オウン』など、これまでのバンドには無かった曲調が展開されます。
特に5曲目『オン・ユア・オウン』では、そのラップ風の曲調のみならず、ギターのグレアムのわざと音程を外したようにチューンされたリフが印象的です。
今作ではこのようにグレアムの印象的なギタープレイが随所に見受けられます。
ブラーというと、どうしてもボーカルであるデーモンの印象が強いですが、(もちろん彼のソングライティングの能力は秀逸です。)サウンド面での骨格作りはやはりグレアムの貢献が大きいと思います。
特に7曲目の『ユー・アー・ソー・グレイト』は、グレアムが初めて作詞・作曲を行いボーカルを取った曲で、恥ずかしさのあまり電気を消して机の下で録音したというエピソードはファンの間では非常に有名です。
彼も陰キャの星であり、実は彼の隠れファンが多いであろうと思われる一人です。
ちなみに今作でわたしのお気に入りは8曲目の『デス・オブ・ア・パーティ』です。
怪しげな雰囲気を持つこの曲は、サビがメロディアスで、個人的にシングル・カットされても良かったのではないかと思っています。(シングルにするには他の曲と比べ、少し印象が弱かったのでしょうか。)
ラストは初めてダブ・ステップを導入し、故郷のエセックスについて書いた『エセックス・ドッグス』で幕を降ろします。
モーターの起動音のようなイントロから始まり、囁くようなボーカルとカオスな曲調は、かの「ビートルズ」の「ナンバー9」へのオマージュを彷彿とさせます。
アルバム全体を通して、彼らの持ち味であるポップさは鳴りを潜め、暗鬱で重い曲調です。
しかし、作品は彼らのロック・バンドとしての底力を見せつけた圧巻の完成度です。
これほどの方向性の転換に踏み切るというのは、なかなかできないことだと思います。
特に人間は一度上手くいって味を占めると、そこにすがりつきたくなる生き物です。
しかし彼らは、今までの栄光を捨ててでも続けていきたいほど音楽が好きで、”自分たちはここで終わるわけにはいかない”、”こんなものじゃない”という、強い思いがあったのだと想像できます。
このアルバムの後に彼らは実験的な音楽が多くなり、個々のソロワーク活動が増えていきます。(有名なものではデーモンが参加した「ゴリラズ」があります。)
特に近年になって再結成し、ツアーで滞在した香港の文化に影響されて2015年に発表した『ザ・マジック・ウィップ』は、それまでのキャリアの包括と香港文化の影響による新たなサウンドを上手く昇華させた1作で、同バンドがまだまだ衰えをしらないことを知らしめた作品です。(今作については別の機会に紹介したいと思います。)
物事が上手くいかない時、思い切って今までのやり方を捨てて、新たなやり方を試してみる大胆さが必要なのだと、今作を聴き返してみて改めて思いました。