ウイスキーについて その3 『Maker’s Mark』
「その贈り物は国境を超えて」

第3回目は、ケンタッキー州生まれのバーボンウイスキー「Maker’s Mark」です。
赤い封蝋は2つとして同じものが無い、ハンドメイド品の「心を込めた贈り物」です。
蝋をめくりキャップを外すと、瓶詰めされたばかりの澄んだ香りが立ち込めて来ます。
一口含むと、とてもまろやかで飲みやすく、かつ味わいがあります。
ハイボールで飲んでもとても相性が良く、まさにオールラウンドなウイスキーと呼べるでしょう。
「Maker’s Mark」は、ケンタッキー州ロレットで生産されているバーボンウイスキーです。
その歴史は1780年スコッチ・アイリッシュ系移民の一族のひとり、ロバート・サミュエルズがペンシルベニアよりケンタッキーに移住し、農業をしながら自家用ウイスキーづくりに取り掛かったのが始まりです。
1840年にはロバートの孫である、3代目テーラー・ウィリアム・サミュエルズが蒸溜所を設立し、本格的なバーボンウイスキー製造を開始しました。
その後1920年に施工された禁酒法により操業停止を余儀なくされるなど、数々の苦難を経験しました。
なかなか経営が軌道に乗らない中、1951年に6代目ビル・サミュエルズ・シニアが世界品質のバーボンを追求するため、ハッピー・ハローの丘に囲まれた風光明媚なロレットの谷の一帯にあった農園、スターヒルファームを買い取り、すぐさま蒸留所の改修を行ったことを契機に、それまでの170年にも渡る秘伝のレシピを燃やして、新たなバーボンづくりに取り掛かりました。
辛抱強い試行錯誤の末、ついにビルはライ麦の代わりに冬小麦を使用した「メーカーズマーク」を誕生させました。
ここからビルによる、機械ではなく「人の手で作ること」を重視したウィスキーづくりが始まりました。
その後ビルの妻であるマージー・サミュエルズにより、「メーカーズマーク」というブランド名、ないしは赤い封蝋といったアイデアがもたらされました。
この赤い封蝋は現在でも手作業で行われており、分かる人には封のされ方でどの人の手によるものかが一目瞭然になるそうです。
それから1959年になり本格的に赤い封蝋をされた「メーカーズマーク」は世界に向けて出荷されていきます。
その後は1978年に同蒸溜所が、アメリカのアルコール飲料関連施設で初の国定歴史建造物に指定され、1980年に『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙が、メーカーズマークを第一面で特集するなど、世界品質のハンドメイド・バーボンとしての名声を高めていきます。
参考URL:https://www.suntory.co.jp/whisky/makersmark/production/history/
時にはそれまでの慣習や伝統と行ったものを思い切って捨て去り、全く新しいやり方に取り掛かってみることも重要なのですね。
しかし、ビルのこういった思い切った行動と、辛抱強いウィスキーづくりへの取り組みによって今日も世界中の人々を魅了し続けていると思うと、とても感慨深いものがあります。
ぜひあなたのお家に、手作りの温みが込もった赤い封蝋をおひとついかがでしょうか?